July 06, 2008

「悪の華」(新堂 冬樹)

ブックオフで500円で売っているのを見つけ、やった!と思っていたら、残り200ページというところで外に置き忘れてしまった。それで再び新品を900円で買うという、失態をしてしまったおれ。

自分を責める以外ない。おれはよく本をいろんなところにおいてきちゃうんだよね。買い物してレジで財布取り出すために手に持っていた本を置いてそのままレジを後にしたり、荷物をバックに入れるのに中の本をいったん取り出し、そのまま入れ忘れたりとか。愚かすぎます、おれ。この前読んだ「枕女優」とちがって、ノアール全開のこの作品。でも馳作品の人物のような劣等感で鬱屈し、社会に溶け込めない、ともすれば文学的な絶望感というより、登場人物はハードボイルドのようなアウトローたち。みんなあまりにも性格が極端で、片桐の、おれは若いころ空手家五人を素手で倒したことがある、なんていう虚勢はもうギャグにしか見えない。主人公ガルシアが日本に逃げてきて、たった一年でおれがわからないようなとても難しい単語を使い、作家が書いたような流暢な言い回しで日本語をしゃべるのも、あれ?ってかんじ。ちょっとやりすぎでは?まあ、そんなことどうでもよいですね。

もっとどろどろして救いようのない話かと思ったら、かなり一般受けしそうな感じです。映画にもできそう。とくに後半の上海、福建マフィア、やくざ、主人公たちの戦闘シーンは面白い。まさに手を汗握るって感じ。もう、ここ読むためにそれまでの数百ページがあるって感じ。ところでこの作品には続編「聖殺人者」が出てます。シリーズ化するかな。もちろん読むよ。

でもこれもみんなのいう新堂ワールドではないんだろうね。ということで傑作といわれているひとつ「ろくでなし」を読みます。

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July 01, 2008

「警察庁から来た男」 (佐々木 譲)

「笑う警官」に続く、道警シリーズ。今回も汚職がからんだ事件が展開される。津久井や佐伯も再び登場。

おれは「笑う警官」よりこっちのほうが面白いと思ったよ。二つの捜査の状況が交互に繰り返されるので、場面の切り替えも面白いし。でも前作を読んでおいたほうが分かりやすいだろうから、「笑う警官」を読んでおいたほうがいいかもね。今回はススキノの風俗街が出てきて、おれの実家の近所だからやっぱ望郷の念に読んでいて駆られるね。ラストのシーンは帰省の際必ず行くところだから、情景がどの部分よりリアルに頭に描かれる。

ドロドロ感がなく、軽快でさっぱりした感じなので、ノアールばかり読んでいた俺には精神衛生上こういうサスペンスも必要だよ。できればシリーズ化して欲しいな。

文庫版もでてるよ。

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June 30, 2008

伊豆のスタンド使い

荒木さんの絵は好きだけど、「伊豆の踊子」には合うかなあ…
漫画家が描く表紙といえば、角川文庫でわたせしぞうが描いた漱石作品の表紙が作品に合っていて好きだったな。

リンク: 「伊豆の踊子」表紙が“ジョジョ風”に!? 荒木飛呂彦さんが描く - 速報 ニュース:@nifty.

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June 23, 2008

「四畳半神話大系」(森見 登美彦)

大学入った時ってさ、ものすごい希望にあふれてるじゃん。楽しい友人に恵まれ、すてきな彼女ができ、毎日が刺激的なキャンパスライフ。校舎を出たとき目に入る沈む夕日。夕闇に溶けていくキャンパスの森をバックに彼女と二人恥じらいながら手をつなぎ…と、これから始まるであろう新しい生活にわくわくするよね。でも、いったい何人がそんな夢のような生活を実現した?ほとんどの男はそんな幻想を夢見つつ、夢見たまま卒業していくんだよ。そしてもしあの時こうしていたら、もしあのときあのサークルに入っていたら、って仮定法過去完了で大学時代を顧み、仮定法の中で妄想していく。たぶん昭和の大学生の男どもは大半はこんなもんだろう。いや、そうであってほしいね。モテ系不要。おれが学生時代、学校の近所の4畳半一間に下宿しているやつがいて、よくそいつの家
でこたつに入りテレビを見ながらぼうっとしていた。クラブで遊ぶ人種より、そういった奴らにおれは親近感を覚える。

「四畳半神話大系」、おれの鬱屈した大学生活を思い出され、懐かしくなった。昭和に大学生活を送った人は読んでみるよろしい。森見さん独特の遠まわしでひねくれた文体に最初は慣れなかったけど、読み進めていくうちに気にならなくなってきた。でもこの主人公、傍から見ると結構素敵なキャンパスライフ送っているんだよな。それがむかつく。

いくつかの短編で成っていて、一つ一つのエピソードがパラレルワールドになっている。そして形而上学的になっていき…後は秘密。

でもこれ読むと、やっぱ一人暮らししたかったなあって思う。

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June 21, 2008

「枕女優」(新堂冬樹)

新堂冬樹の作品を初めて読んだ。今、勢いのあるノアール系の作家らしい。作者自体が芸能プロを経営していたこともあるみたいで(金融業界にもいたとか)、そんな人間が芸能界の裏世界を書くもんだから説得力があるし生々しい。でも最近はそういった裏事情に対する情報ってサブカル系の雑誌にたくさん書いてあるし、女優達は仕事とるために体を売っているとか、整形したとかという噂を聞いても、あまり興味がわかないなあ。もちろん真偽は分からないけど、本当だとしてもどうでもいいっていうのが多くの人の意見なんじゃないの。おれも含めてそういう裏世界の一番欲しい情報って、内容でなく誰がやっているかという実名だと思う。だからフィクションだと、あまり刺激が感じられない。この小説の面白さはそんな芸能界の裏なんかじゃなく、全体に仕掛けられたトリ
ックと主人公の自己破壊に進んでいく心理の過程なんだよね。ネタばれになるので書けないんだけど。

といっても、ちょっと中途半端な感じがしちゃうなあ。もの足りん。大体1ページにおける文字数が少な過ぎ。200ページ近くの作品なのに一日で読み終わっちゃたよ。だったらもっとページ数少なくしてくれよ。

新堂冬樹の作品ってみんなこんな感じ?そんなはずはないだろう。そう思って、今違うやつ読んでるんだけど、これがばりばりノアール。おもしれえ!それについてはまた後日。

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April 16, 2008

「虚(うつろ)の王」

おれはいつも移動時間や休み時間にしか本を読む時間がなく、家に帰るのは深夜なので家でゆっくり読む時間がない。だから一冊読むのに結構時間がかかる。でもこの「虚の王」(馳星周)は550ページくらいなのに4日くらいで読んでしまった。おれが覚えてる限りここ二年くらいで一番早いペースかも。途中でとめることができなくて、どんどん読んじゃったんだんだよね。他の馳さんの作品と違った、ちょっと幻想的な怖さがあったから面白く感じたのかな。というのも渋谷の売春組織を仕切っている高校生のエイジくんの存在のせい。弱っちい優男の内面に潜む無垢な残虐性。空虚で人にも自分自身をもなんの感情もなく傷つけることができる。だから暴力でしか感情を吐き出せない主人公は彼を恐れ、憧れる。コクトーの「恐るべき子供たち」を思い出
した。映画では実際にあった事件をベースにした「乙女の祈り」とか。乙一の作品でも出てきそう。でもエイジくんの行為はそこまでの怖さはない。登場する前の彼に対する噂が大げさすぎて、どんだけ怖い人間なんだろうって期待しすぎてたせいもあるけど。もっとイカれててもいいんじゃいない?って思っちゃう。

これが単行本で出版されたのが2000年ころ。ちょうどコギャル時代が終焉を迎ようとしているころ。でもたしかにコギャル系の勢いはすごかったけど、当時の渋谷の街って高校生たちに勢いあったかなあ?当時おれは池袋によくいて、渋谷はそんな詳しくないからなあ。たしか池袋はそのころは深夜、マックのテーブルに乗って踊っていたバカギャルがいた。駅周辺の公園が怖かったのもそのころで、どちらかというと渋谷より池袋のほうがやばかった印象がある。まあ、すでに一昔前の話だからよく思い出せないし、気にならないけど。現在の話になると作品が現実の街や文化などと違うと気になって、これは違う!作者は分かってないって言う人も出てくるんだけど、昔の話なら気にならないんじゃない?当時のことが印象的な人たちは違うでしょうが。まあフィクションだし、「不夜城」ほど現実とかけ離れていないけどね。

ノアールバリバリのころの馳作品だから、最後はいつものようにジョットコースター式に絶望へ隋ちていく。もう様式美だね。

※文庫本は光文社と角川の二社が出してる。どういうことだろう?

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April 15, 2008

「笑う警官」

札幌の街はマンハッタンのように碁盤の目になっていて、ほとんどの住所は南○東○というように座標で示される。だから地域に名前がない。たとえば○○町と言われれば名前からすぐにその街のイメージが浮かぶだろうけど、札幌の場合座標で場所が示されるから、その町名から呼び起されるイメージじゃなく、市内の中の位置が真っ先に頭に浮かぶと思う。この考え、どうよ?

つまり札幌は大体知らない場所でも住所でどのあたりか、そしてそこまでの距離の見当がつく。だから「南○西○から南X東Xへ向かった」と言われればすぐ頭の中の地図でルートをイメージできる。そう考えると、捜査物の話で舞台に札幌ってすごい向いているんじゃないの、なんて思う。(でも、これ書いた後、東京の人に聞いたら、逆に町名が無いから分かりにくいと言われた。なんだ…この説ダメか)

作者の佐々木譲は札幌出身。だから札幌の街並みに詳しく、この「笑う警官」でも住所による移動説明が頻繁に出てくる。他の都市の人がこれ読んでどこまで位置関係が把握できるかな。話は札幌で起きたとある殺人事件。容疑者にされた同僚の警官の無実を晴らそうと影のチームを作り、明日の朝まで真相を突き止めなければならないというもの。事件には道警の汚職が絡らみ、警察全体を巻き込んだ大きな騒ぎになっていく。チームをつくりメンバー各自が一芸を持っている。タイムリミットがある。警察内部の陰謀と策略。組織と戦うチーム。ってあたりで映画にするにはすごい魅力的な話だね。映画化は納得。でも、しょぼい映画になってしまう可能性もあるなあ。いっそハリウッド化すればいいのに。

話自体はかなり大げさで、そんなことありえないだろう!って思うかもしれない。いや実際思ったよ。でもさ、数年前の道警の汚職事件をよく思い出してみると、けっして大袈裟じゃないんだよね。実際はその一連の事件がこの話のベースになっているみたいで、モデルもいるみたい。道警の実際の事件に興味ある人はこれを見て。
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/housyouhi/document/

こんなのも:
ttp://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2006/01/post_2782.html

魅力的な人物が多いんでぜひシリーズ化して続けてほしいね。ちなみにシリーズ続編は「警察庁から来た男」。なお、単行本が出た当時は「うたう警官」だったけど、文庫化した時に「笑う警官」に改題しだみたい。映画のタイトルも「笑う警官」らしい。

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April 07, 2008

「夜を守る」

上野アメ横が舞台。IWGPのアメ横版みたいな感じだけど、自ら進んでガーディアンとなって町を守る積極的な彼らはとてもストレートで、受け身でちょっとひねているIWGPのマコトとは少し違う。やくざが普通にい奴だったりするエピソードを読むと、なんかかなり童話っぽい現実離れした感じするけど、もともとノアール的なものをこの本に求めていないからそれでよい。青春ミステリーだからさ。ストリートガールが、狂った客にシャブ打たれてそこからなにかが狂い始める…とか、あるやくざの依頼した事件を解決したと思ったら実はそのやくざの罠で…とか、イケメンのシンナー中毒の彼女である、美人キャバ嬢が売人達にマワされ…とかそんな話はここじゃ求めてないし。馳星周ならそうするんだろうけど、あくまで爽やか、痛快じゃないとね。

石田衣良の恋愛ものはどうも中途半端な感じがして苦手なんだけど、こういう事件解決ものはやっぱ面白いなあ。ただIWGPが一番好きかな。

この前この本読んで無性に懐かしくなり、上野行っちゃったよ。上京して最初に働いた街だから、ものすごい懐かしかった。アメ横は相変わらず夜が早い。19時ころでほとんどが店じまいの準備してました。

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April 04, 2008

沢崎シリーズ

前から気になってたハードボイルド作家、原りょうの沢崎シリーズ全4作を読んだ。チャンドラーの影響受けている作家みたいなんだけど、残念ながらおれはチャンドラーを読んだことない。もともとハードボイルドに対する思い入れもない。そのせいか主人公である私立探偵、沢崎の時代性を拒んだ生き方が現代の東京が舞台ではちょっと不自然に感じてしまった。ロック、携帯電話、若者文化、なんかただ単に新しいものを意味なく否定しているような気がして。そして沢崎始め、登場人物たちが辺り構わずタバコをすぱすぱ吸う。人の家でも断りなく吸う。これも懐古主義なの?愛煙家のおれでさえ、それはちょっとっておもっちゃうな。喫煙=男らしいの図式はいかがなものかと。デビュー作の「そして夜は甦る」が出たのが80年代後半。このころはまだ携帯電話もインターネットも普及してなかったけど、21世紀になって急激に時代が変わりこの二つの普及で情報収集、コミュニケーションが劇的に変わった。そのせいか2004年に出た最新作「愚か者死すべし」では沢崎の非時代性にちょっと無理が出てきた気がする。でもたぶんそれがハードボイルドな雰囲気なんだろうね。おれはハードな人間じゃないから違和感を感じるんだろう。でも無理があるといいつつも、登場人物のキャラも、話も面白いからほとんど気にせず読んでしまいます。こういう世界もいいね。携帯でメールを打ちまくる沢崎なんて想像つかない。アナログ人間でいつまでもいてほしい。彼の皮肉たっぷりの遠まわしな言い方も好きだ。

でもどの作品も後半になると一気に複雑な人間関係や、背後関係が解き明かされ、おれの頭では理解しきれなかったりする。複雑すぎて。でもまあトリックを暴くというものでなく、この世界にハマる作品なんだから構わないかな。本格的な推理物ファンなら苦もなく読めるんだろうけど、おれはまだ慣れてない。

一番好きなのは「私が殺した少女」。だけど、シリーズ全体の雰囲気を知るなら三作目の「さらば長き眠り」がいいかもしれないね。沢崎の事務所は西新宿。そのせいか京王線、中央線沿線がよく舞台に登場します。近くに住んでいる人は別な楽しみ方もあるでしょう。しかしデビューして20年経つのに、5,6冊しか出してないって、ものすごい遅筆だなあ。

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February 26, 2008

「雪月夜」

単行本でたのが2000年だから、まだ初期のころの暗黒面全開の馳 星周作品になるのかな。文章もそんな感じで今とちょっと違う。「不夜城」の流れをくんでいるけど、舞台が歌舞伎町でなく北海道の根室ということもあってかなり叙情的。静の中の暴力。

根室の納沙布岬から見える歯舞諸島を見ると国境という言うものを意識せずにはいられない。宗谷岬とともに日本から他の国が見える数少ない場所。二つとも、加えて領土問題が絡んでいるので、他国の領土なのか自国の領土なのか分からない複雑な思いが岬から観ていてわき起こる。学校の授業でロシア語を教えるところが多く、それほど根室とロシア人の付き合いは深いらしい。おれは2,3回バイクで行ったことがあるけど、繁華街や港に出てないせいかロシア人見たことないなあ。花咲ガニはまじうまいぞ!

北の小さな町の描写はやっぱうまい。さすが道産子。その雪に覆われた厳寒の街の中で、ロシア人を巻き込んで鬱屈した欲望が交差する。ラストは馳さんらしいかな。でもおれにはやっつけ仕事みたいに思うことも。でもそれまでの流れが面白いし、人間がだれでも持っている負の要素が爆発している部分に引かれてしまう。つまり、おれ自身持っている暗黒面と登場人物のそれがシンクロするんだよ。フィクションの世界だと、おれも彼らと同じような行動をとっていてもおかしくないわけ。でもまあ、格差社会の上の人たちには、違う人種たちによる見世物的な世界に映るんだろうね。

にしても、根室の人たちは、これよんでどう思ったんだろう。

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February 12, 2008

「あの夏、風の街に消えた」

若くて青い主人公が経験する甘く切ない物語なんかを読むと、どんなに自分と共通点がなくても自分の昔を振り返って無性に懐かしくなったりする。その思いが強くなると、過去に逃避するということになりかねないわけで、だから精神が弱っているときにそういう作品を読むのは危険だって思ったりする。おれの場合、過去を懐かしんでもそこから何も生まれないことはわかってしまったので、ノスタルジーという感情には適度な距離感を常に持ってしまっている。まあ、ある種醒めた人間になってしまったということだね。

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December 30, 2007

「第四の闇」

以前読んだ「孤独なき地―K・S・P」がストーリーは面白かたんだけど、主人公がおれのタイプじゃなく、そのせいかあまり印象に残らなかった。叩き上げの一匹狼で好きなタイプでは好きなキャラではあるんだけど、体育会系も入っていたんで。

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December 13, 2007

「歌舞伎町炎の夜」

すげぇ!普通の新宿アングラ系だと思っていたら、そこから一歩突き抜けて官能幻想小説になってる。作者の小沢章友って幻想、ホラー系の人みたいだね。19世紀のパリのような、退廃と神秘的エロさをみごとに歌舞伎町に持たせたよ。短編それぞれの主人公は文学青年がもっていそうな鬱屈したもの、とくに性へのコンプレックスを幼少から持っていて、その内面が歌舞伎町の街に触発され、現実か非現実なのか分からない幻想的な空間に主人公達を引きづり込んでいく。短編集なので当然若干作品に波があるけど、どれも素晴らしかった。ただバタイユの作品がからむやつは、おれにはラストが消化不良。

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November 22, 2007

ジョジョ小説化

乙一が書いたジョジョの小説"The Book―jojo's bizarre adventure 4th another day"がいよいよ今月26日に発売されます。第四部がベースらしいけど、詳しいことはわかりません。おれは二部が一番好きだが、四部が一番乙一の作風にあっている気もするかな。来週を楽しみにまちましょう。

でもハードカバーにする必要ない気もするけど。

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October 26, 2007

「午前零時」

日付が変わる時間の境界線、午前零時をテーマに13人の作家が書いた短編集。作家は鈴木光司、坂東眞砂子、朱川湊人、恩田陸、貫井徳郎、高野和明、岩井志麻子、近藤史恵、馳星周、浅暮三文、桜庭一樹、仁木英之、石田衣良。それぞれがホラーからリアリズム、ファンタジーなどで午前零時をキーに作品を書いている。

同じテーマの短編がずっと続くわけだから最初はちょっときつかった。でも、しばらく読んでいるうちに慣れてきた。別に午前零時じゃなくてもいいじゃん、って思う作品が結構あって、これが逆によかったのかも。もし、すべての作品で「時空の狭間が…」とか「あと1分で時効成立」なんて話じゃきつい。

で、おれとしては馳星周の「午前零時のサラ」がすごく印象に残っていて、これも別に午前零時である必要はない作品なんだけど、最近の馳作品にいえるリアリズム文学的な鬱屈感と哀愁が漂っていて、最後は涙目になります。恩田陸の「卒業」は一番「午前零時」って感じ。すげえ怖ぇ!この人の作品初めて読んだけど、他の作品読んでみたくなる。 浅暮三文の「悪魔の背中」は軽快なショートショート。高野和明の「ゼロ」はSF作品特有のメランコリックな感じがあって、一番好きだったかも。岩井志麻子の「死神に名を贈られる午前零時」は最後は難解。未だによく分からず読み直している。これらが好きな作品かな。石田衣良の書き下ろしはちょっとおれには不発。

あと他にも印象に残った作品があるけど、全体的に適度に面白いって感じ。これだけの作家を集めたんだから、もっとインパクトある作品を期待していたのも事実。まあ読んだことない作家の作風を知るにはいいかも。

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October 11, 2007

「約束の地で」(馳 星周)

馳星周の新作は短編集。北海道が舞台。それも浦河、苫小牧、そして馳星周の故郷の函館などの道南地域。おれは道央の札幌出身だけど、よくバイクで道南を走っていたので、とってもなじみが深い。国道や道路沿いの描写なんかそれだけで郷愁の思いに駆られます。北海道の冬の本当の厳しさと馳星周の絶望的文章がすごくあっていて、本当の北海道を書いているな、なんて思った。特に海岸線ひたすら走る国道235線周りの描写。北海道に戻りたくなるよ。

んで、肝心の話のほうだけど、脇役で登場した人物が次の話では主役になっていくという方式で作られ、それぞれの話の人物がリンクして短編集全体で一つの世界を作り上げています。まあいつもの通り全篇絶望的で救いようのない話だけど、いつもの「殺せ、殺せ、殺せ!」調で主人公が破滅への道を疾走していくのでなく、苦しみながら内面的に落ちいく感じです。読んでいて切なくなるような人たちばかりで、かなり叙情的になっています。たぶんみんないつものように「不夜城」と比較するんだろうけど、おれはよく書いている通り不夜城に思い入れはないので(そこまですごいとは思わなかった)、素直に彼の他の作品読めます。

個人的に「世界の終わりに」が大好きでした。苫小牧を舞台にちょっと知恵おくれでいじめられてきた少年が犬と一緒にスクーターに乗り、世界を終わらせるために墓場から盗んできた骨を工業地帯ばらまく。硬質なノアール小説とは違う、絶望的だけどちょっと温かく美しい話だな、なんて思った。

それにしても全編セリフの中で無理に方言使っているような気がするんだけど。まあ、おれも北海道離れて10年以上たっているので、話言葉の感覚は忘れてるんだけどね。

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October 05, 2007

カラマーゾフの兄弟の続編を空想する

前にもちょこっと書いたけど、カラマーゾフの兄弟の続編に対する説の一つとしてアリョーシャの皇帝暗殺計画が核となるというのがあるらしく、亀山さんはこれに対するかなり論理的な考察をここでしています。まだ、全部読んだわけではなけど、本編と同じくらいこの本も面白い。もちろん実際には出ていない続編を想像するのだから、ある程度の主観や妄想も入っているけど本編の分析を始め、資料からかなりするどい考察をしているんじゃないかなって思います。本篇読み終わったら読んでみる価値はあるんじゃないかな。それにしても亀山さん訳のカラマーゾフ、かなり売れてるみたいね。うちの近くの本屋でも山積みになっておいてありました。ドストエフスキーの作品がこれだけ注目されたのって、しばらくなかったんじゃないのかな。話に聞くと、70年代は
多くの学生が読んでいたみたいだけどね。

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August 03, 2007

小説こちら葛飾区亀有公園前派出所

1976年から連載が始まった「こち亀」。もう30年以上の連載ということになる。おれは小学生の頃から読んでいるので、サザエさんのような存在のマンガになる。

そのこち亀を大沢在昌、石田衣良、柴田よしき、京極夏彦、柴田よしき、逢坂剛、そして東野圭吾がそれぞれ短編小説として書いた作品集がこれ。たんにこち亀を書いているのでなく、新宿鮫、マコト、保育士探偵など、かれらの持ちキャラが主人公となって両さんたち登場人物と絡んでいる。これ、ミステリーファンなら買わないわけにいかないでしょう。それぞれの作家の個性が出てるし、石田衣良のは舞台が池袋で池袋ウェストゲートパークの世界に両さんが入ってきたって感じ、読んでいてニヤニヤしてまうさ。そして大沢在昌の鮫島警部と両さんという想像もつかないコラボの実現。すばらしいっす。途中で挟まれている秋元治の挿絵もよりこち亀らしさを出している。あっというまに全部読んでしまった。

やはり好きな作家である大沢在昌、石田衣良を贔屓目にみてしまうけど、個人的には今野敏の話が好き。でもこれって旧ドイツ軍戦車のプラモデルにハマったことない人じゃないとわからないだろうな。でもそのマニアックさがこち亀ワールドなんだよね。

はちゃめ度をみごと再現したのは東野圭吾でしょうね。オチは本好きの人なら爆笑。それにしてもみんな本当にこち亀が好きなんだね。読んでいて作家のみなさんの愛が感じられます。そうとう読み込んでないとここまで書けないよ。とくに京極夏彦。かなりカルトです。

でもおれとしては特殊刑事課の皆さんにも登場してほしかったなあ。海パン刑事とかさ。

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July 31, 2007

ヒトは食べられて進化した

おれが学生のころ「ヒトの祖先は共食いをしていたと思われる」と授業で習ったものだった。また砕かれた痕跡のある頭蓋骨の化石などから、彼らは儀式などにより同じ人間を残忍な手段で殺してしまう残虐性を持っていたと多くの書物やTVで解説していて、おれもそれらを信じていた。つまり人間というのは戦闘的で、同種に対してもおぞましいほどの残虐性、そして殺人衝動を持っていたのだと。性悪説だね。

でもこの本ではヒトは本来肉食動物にとって手っ取り早く得られる格好の食事であって、ヒトの祖先は捕食者の陰におびえながら生き、身を守るために文明が発達していったという説を展開している。そして、先述の粉砕された頭蓋骨を正確に分析することで、ヒトの手によるものでなく、当時の肉食獣が脳を食べるため、頭がい骨をこじ開けたものだとの結論に達した。実際にその時代の肉食獣の歯型、あごの形、そして現在のハイエナなどが脳を食べる方法と同じと考えると、頭蓋骨の粉砕され方はこれらによるものだと考えるとつじつまが合うという。顎の肉を削ぎ、目のあたりに下顎、頭を上顎でかじってふたを開けるようにパカ〜っと(…ってそんなに簡単に頭蓋骨開けるれるんだな)。他にもヒトの化石を緻密に調査し、捕食者に襲われた痕跡を見つけだしている。

そして、ライオン、蛇、ワニをはじめとする現在の肉食獣をそれぞれ特集し、これらが霊長類を捕食する様を具体的に解説している。とうぜん霊長類には人間も入っている。今まで霊長類が捕食されるという意識が薄いのは、昼にだけ観察するなど方法に問題があったらしく、現在では多くの霊長類が捕食されていることが分かっているらしい。そして霊長類を好んで捕食する種類についても解説されている。しかし、生きたまま熊に喰われる実話は怖かったなあ。

おれ自身、前から人間はもともと牙も早い足も持たない弱く狩られる側の生き物とここでよく書いているけど、この本ではその弱さゆえに団結し、武器をもち、言葉を使うなど文化の兆しが生まれたと言っているのが面白い。今までの説のように狩猟のためでなく、守るために進化ということ。勇敢な狩猟者なんかじゃなかった。神に近い崇高な生き物なんかじゃなかった。当然この説も確固たる証明はできてないけど、「人間は本来食べられる生き物」という、認めたくない考えからスタートしている点が今までになかった注目すべきところだと思う。

人間の死への恐怖はもともと自分自身の一部として機能している肉体が、ただのタンパク源とかみなされず、組織を破壊され喰われてしまうところの恐怖にあるのかななんて今考えてるところ。増悪、あるいは物のように惨殺されるよりも、ずっと耐えられないことかもね。まだ途中までしか読んでないけど、純粋に動物学として読んでも面白い本。ヒトはなぜ蛇を生理的に嫌うのか。最初の部分でのこの本の問いかけは、読了すればわかるかも。

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July 06, 2007

病み上がりの読書

火曜日に風邪でダウン。やっと回復。でも熱が出た後遺症からか関節の節々が痛い。休みは貴重なのに、部屋にじっとしてなきゃならないというのもきつかったな。

養生中は録画しておいた植木等の無責任シリーズをいくつか観ていて、この時代っていいなあって思ってしまう。1960年代中盤あたりの時代。東京オリンピックがまだ始まる前。全共闘の時代に差し掛かろうというころ?元気があふれてる。無責任シリーズはそんな当時のサラリーマンに対するアンチテーゼ。こつこつやる奴ぁ、御苦労さん!真面目に生きても仕方がない。でも小物のおれには出来ない生き方だなあ。だから憧れるのか。おれは二作目の日本無責任野郎が一番好き。

風邪が回復してから、読了寸前で止まっていた石田衣良のIWGP新作「Gボーイズ冬戦争―池袋ウエストゲートパーク7 」を最後まで読む。前回に比べたらちょっと物足りない感じだけど、やっぱあの文章が好き。わりかし、くさいやりとりが多かったりするけど、それを感じさせないのが石田衣良の文章。おれはこのシリーズだと5作目「反自殺クラブ」の「伝説の星」が結構好きだったな。

で、今読んでいるのが香納 諒一の「孤独なき地」。歌舞伎町を舞台に警察、中国マフィア、やくざが絡む新宿系王道の話。歌舞伎町分署の刑事である主人公が署に出勤しようとしたとき、刑事と連行中の犯人が目の前で狙撃されることから事件が始まる。主人公がもろ体育会系であまり好きなタイプでないので、どうかなと思ったけど、だんだん面白くなってきた。計算してというより、書き進めていくうちに筆の勢いによってキャラクターがたってきたって感じ?たぶんそういうのってあるんじゃないの?まだ半分までしか読んでないけど、どういう展開になるのかが楽しみ。馳星周のようなノアールでも、大沢在昌のロマンチックな世界でもない、純粋にストーリが凝ったサスペンスなのかな。ただ、後半がらりと変わる可能性あり。

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April 10, 2007

読書だらけ

なぜおれがパスもにここまでこだわるのかというと、前も書いたけど電車での移動が多いのと私鉄の定期券が必要だから。平日は電車4回くらいは乗るし、週末は多いときで電車バスそれぞれ一日4,5回は乗ってます。

一日の内、乗り物に乗っている時間が長いので、本読みまくっています。もうネットも飽きたのでやる気しないし、ゲーム機持ってないしね。短時間で乗り降りすので短編が読みやすくていいですね。それも文庫本。単行本は持ち運びに不便。そのなかで最近お気に入りは乙ー。はまってます。

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March 27, 2007

カラマーゾフ消える


おれはよく手に持っているものを無くする。郵送する大事な書類をもってポストまで行ったとき、気がついたら手に持っていたはずの書類が無かったことがあった。傘などは電車の中では手に持っていたはずなのに、降りるときいつの間にかなくなっているなんて事はしょっちゅうだ。

今日、亀山郁夫訳のドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟2」を買って、そのまま手に持ってすぐ向かいの駅まで歩いた。で、ホームで読もうとしたら、持っていたはずの本がない。途中でパン屋によったのでそこで忘れてきたと思い、店に戻って聞いたところ本はないといわれる。改札周りなど探したり、駅の事務所で聞いても見つからず。あきらめて職場近くの本屋で再度買おうとしたら、光文社のコーナーが見つからず、30分近くうろうろする。本屋は本当にわかりづらい。やっと見つけたと思ったら、カラマーゾフは置いてなかった。で、違う本屋に行ってみたのだが、そこにも置いてなかった。そんなに人気無いの?すごい読みやすい新訳でいいと思うんだけどなぁ。とにかくおれのボケた頭のせいで予定より一時間以上おくれて職場に到着。

本の方はしょうがないからネットで注文しました。3も最近出たので、楽しみです。このシリーズいろいろ出してほしいな。

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February 21, 2007

シャトゥーン―ヒグマの森

2007年「このミステリがすごい」の優秀賞作品。

北海道の北部、手塩にある真冬の樹海。人里離れた研究所を襲う巨大ヒグマ。ヒグマからの逃亡。そして失敗。絶望。恐怖。死。リアルなヒグマの恐怖を感じさせてくれる作品で、一気に読んでしまったよ。

この手の作品はどうしても吉村昭の「羆嵐」と比較されてしまう運命にあるけど、あっちは実際にあった大正時代、苫前の三毛別で起こった三日で7人が喰い殺されるという、世界でも例を見ない羆による食害事件をベースにしているので、比較してはかわいそう。昔、苫前の郷土資料館で国内最大の羆の剥製(事件のクマとは別)をみたり、復元された事件跡地も見たけどやはり実際に羆の巨大さ、そしてどこでヒグマが見ているか分からない雰囲気の跡地を見てしまうと、その恐怖感を消すことはできない(跡地には実際に羆が出ることがあるそうだ)。

作品では羆に襲われ、喰われるまでの描写がかなり細かく書かれていて、かなりエグイ。ダメな人はだめかも。「羆嵐」と違い現代が舞台なので、この時代になっても人間はヒグマに対して相変わらず無力なんだと思い知らされる。全篇逃げ延びるシーンがベースになっていて、スピード感があってほんとに一気読みでしたよ。でも後半はちょっとご都合主義的で最後はありがちかな。

これを機に「羆嵐」も読んでみよう。

で、読んでいてちょっと疑問に思ったところを:
三毛別のヒグマ事件。作中でも出てくる非常に有名な事件。妊婦が襲われる際、「腹でなく、のど噛み切って殺してくれ!」と叫んだが、ヒグマは容赦なく腹を裂いて殺して腹を食いだした。作中では胎児を食い殺したように書かれているが、胎児は掻き出されただけで、発見された時にはまだ生きていたはず。その後には死んだが。

生きたまま食われるシーンが随所にあって、肉を食いちぎられる瞬間、痛みのあまり泣き叫ぶシーンがある。実際に捕食者は被捕食者の息の根を完全に止めてから喰らうとは限らない。特にネコ科はそう。逆にリカオンやハイエナのようにイヌ科で小さな肉食獣の場合、相手の腹を食いちぎり内臓を引きずり出して殺すので、喰われる時には完全に死んでいる可能性が高い。ただ得てして被捕食者は襲われているとき、パニック状態になり痛みを感じないことが多いと聞いたことがある。ハイエナの集団に体中を噛みつかれ、睾丸を食いちぎられ、腹から腸が飛び出て、それでもなお逃げ延びようとするヌーの写真を見たことがある。逆に倒されてライオンに喰われているシマウマが、息絶えていると思ったらライオンに腹の中に頭を突っ込まれ内臓を喰いちぎられる瞬間、苦痛のためか足をばたつかせる映像も見たことかある。人間の場合どうなんでしょう。痛みを感じないのでしょうか。それとも作品のように苦痛で叫ぶのでしょうか。

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February 02, 2007

「ブルーローズ」(馳星周)

柳沢大臣の発言って昔、森元総理が似たような発言しなかったっけ、たしか。でも、少子化って生態系を考えると地球のためには良いような気もしますね。経済面でどうなるかってことですが、もう経済大国止めてもいいのでは。昔のように畳の上でごろんとして、食事はメザシとご飯に味噌汁の質素な生活が本来あっている国民のような気がするのだが。あるいは世界都市システムについて考察してみてもいいかもね。いろいろ批判がある概念だけど、時代がそういう方向に流れている機がするんだよね。

馳星周の「ブルーローズ」を読み始める。相変わらずの世界。セレブ主婦の禁じられた裏の世界。刑事対公安のキャリアの対立構図があったりして、その辺りちょっと「新宿鮫」を思わせたりも。主人公がバブル世代というは以前の作品にもあったけど、やはり当時二十歳かそこらだった彼がバブルの時代に対して思うところがいろいろあるんでしょうね。ところでバブルって正確にはいつからいつまでなの?

最近寝る以外はほとんど部屋にいません。まあ、いろいろあって相変わらず忙しいわけです。朝早く家を出て、深夜遅くに帰ってきてすぐ寝る。こんな毎日です。でも読書は相変わらず。常に何か読んでいます。俺はどこででも本を読んでいるから。去年から石田衣良まで読むようになり、今までの俺とは別人のような読書傾向になってきました。もちろん、小説読む傍ら裏系雑誌も相変わらず読んでいます。でも本当の裏系情報は知人から聞くことが多いですね。

だからネットする時間はますます減っています。家でパソコン使うのはいiPodの充電くらい。すっかりパソコンがiPod充電器と化してしまいました。

今、一番の問題は部屋を掃除する時間が無いということ。今日、明日でやらなきゃね。

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December 20, 2005

DOLL

金曜日に書いてアップし忘れた書き込み。その後体調はとんでもなくひどい状態に…

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年末に入り飲み会が続いてますが、みなさんの肝臓は大丈夫でしょうか。俺は昨日も飲み会でしたが、まだ風邪が完治していないので、思いっきり酒は抑え目。その代わりたくさん肉食べました。これで年末に向けて体調万全!さて今日は三原ミツカズのDOLLという漫画の話。

これは、時にはメイド、時には現場の労働者、そして時にはセクサロイドなどとして働く感情のないドール達(アンドロイド)と人間の織り成す物語。ブレードランナーみたいなものだけど、もっと小さな身近な世界で物語は進みます。作品中、ドールを作る際の原則として実在する人に似せてはいけない、人間の記憶を移植しないというのがあるのだけど(その経緯は第一巻にて語られている)、法を犯してまでも既存のドールを違法改造して人間に近づけようとする人間と、クライアントの要求通り実際に改造する裏家業の男(後に物語上キーマンとなる)もいたりして、ドールにそれぞれの思いを持たせる人間たち―ある人は猟奇的、ある人は心に傷を持った人―が繰り広げる話の数々が面白くて全巻一気に読みんでしまい
ました。で、最後は…あっ…ええええ!こうなっちゃうの?

でも自分たちに必要な人間を作り出すことができたら本人たちは幸せだろうけど、ドールがまったく人間と同じ思考を持ってしまうと、確実に人間との関係に歪みが出てくると思うわけ。例えば死んだ恋人のコピーを作って元通りの幸せを取り戻したって、自分だけが年をとっていくわけでしょ。ある程度ロボットとして割りきって使用しないと、過度の感情移入はむなしさを残すだけなんじゃないかなって思うのね。まあある種のオタな人たちには感情をインプットされたドールはいいアイテムになるかもしれないが。でも、そんな程度のいいドールなんてできたらますます少子化に拍車がかかるんじゃないの?なんて、今心配しても意味無いか。そんな技術が可能になったころには俺らはとっく死んでいるでしょうから。

それはそうと、三原ミツカズが描く生と死に関するテーマって自身の哲学っていうより、様式美という印象が強いんだよね。ゴスロリの絵がそう感じさせるのでしょうか。関係ないけど最近新宿でもゴスロリをよく見るようになりました。でも、アキバに比べ年齢層が高い気がするのですが。そういえば、メイド喫茶も新宿にでたそうですね。でも、酒も出るらしい。それって喫茶か?

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October 11, 2005

読書の秋

ぐわっはっは!久々マンガにはまりました。駕籠真太郎の「大葬儀」。最初っからやられましたよ。葬儀に忍び込み込んだ未亡人とヤッテしまおうとする大勢の未亡人マニアと、未亡人のふりして「未亡人マニア」に口説かれようとする未亡人マニアのマニアたち。その他死体マニアや、棺おけの中に入って死体の振りする死体マニアのマニアとか。碁盤の目に仕切られた建物内で繰り広げられる大勢のエログロ人間模様。すげえ!一気に読み入ってしまいました。

後半はテーマが変わって、短編集みたいになっていて、彼女に自分の体の一部を食わせる話とか、かなりきわどいグロもあるけど、それでも笑ってしまえるほどのセンスのよさですよん。絵がすごく好き。ケツの皮膚から移植して、包茎に戻してしまう手術をした男に爆笑。いろいろこの人の本、読んでみよう。

あ、日曜日の鈴鹿GP観ましたか?めちゃ興奮しましたよ。男だ、ライコネン!こんなレースだったら鈴鹿に見に行きたかったなぁ。しかし琢磨よ。もしやと思ったら、本当に第一コーナーでコースアウトかよ。しかもその後、よりによってTOYOTAを攻撃するとは。鈴鹿でTOYOTA攻撃はないだろ…来期のシートは本当にあるんだろうか。何とかがんばってほしいんだけどさぁ。

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July 09, 2005

テロという審判

2001年8月、NYで仕事の面接を受けて、その日に不採用を言われて凹みながらWTC(ワールド・トレード・センタービル)の地下にあるよく行く本屋に行って一冊の本を買いました。

カフカの「審判」の英訳版"Trial"。ごく普通の銀行員である主人公ヨーゼフKは、ある日突然何者かに告訴され逮捕される。そして告訴した者が何者か、そして告訴の理由と内容はいっさい不明のまま裁判は進行していく。法廷は寂れた街の一画にあるボロアパートの一室で、ひっそりと身を隠しているような存在である。審理の間は普通の生活することができるが、理由が全く分からない状態で審議だけが進んでいることへの名状しがたい不安と無力感がつねにKに付きまとう。そして、ある日ついにKは二人の男に連れて行かれ、最後まで理由が明かされないままに処刑されてしまう。抵抗することが出来ない見えない力への無力感と、この先どうなるのか分からないことに対する不安。裁かれる側も裁く側もあいまいで、審議の過程すらあいまいな状態で処刑だけが執行される。

作品は第一次大戦中に書かれたもの。国際扮装に巻き込まれて成す術のない一般人の絶望的な状況を作品は暗示している。それから何十年も経っているのに、構図は変わっても結局根本は変わっていないな、なんて思う。信念の名のもとに妄想された罪と罰。

その本屋へ行ったのはこのときが最後。その一ヵ月後の9月11日午前、同時多発テロでWTCと共に破壊されました。面接を受けた仕事の仕事場はたしかWTCの中。つまりもし採用されていれば俺は今この世にいなかったことになります。

市民というのは力を持ったものに逆らえず、彼等の法廷にて都合のいい無い審判を下されるのでしょうかね?ヨーゼフKのように。まるで将棋の駒だな。

あるいは力を手に入れ復讐の悪循環に参加するか。でもこれは最悪のシナリオ。

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